物事客観的にみましょうという言葉がある位なので、普通の人は物事は主観的に見ているのだと思いますが、タイプによっては物事を主観的に見ることができなくて、自分がないよねと言われたりする。それで悩んだりするような人もいるのではないでしょうか。各言う私もその1人で自分がないと言われて悩んでしまうようなこともあるのですではこの自分がないと言う状態。一体どういうことなのかなと考えてみました。生きていくためには、思考や判断を継続的に行っていく。で、この頭の中のスイッチのようなものがあって、今この瞬間目の前の状況と言うものに焦点を当てて問題解決に全力を尽くす。つまり自分がどう感じているかはあまり関係のない頭の使い方と自分がこれまで生きてきた人生の記憶や、その時の価値判断をもとにして、今目の前のこの現状を自分にとってどういう意味を持つのかと言う解釈に全力を振り切って、物事を考えると言う2つの頭の使い方があるのかなと思います。
自分があるってどういうことなのかなと思ってけれども、ひょっとすると思考の中で自分が感じたことをそこに入れ込んで処理できる人とポイントが今やってることにある人の違いなのかなと思いました。つまり基準がある自分があると言うのは何か情報が外から取り込んだときにすぐにそれを過去の自分の体験や感覚と比較して、それが自分にとってどういう意味があるのかということを位置づけることができる。そういうことなんだと思います。逆に今この瞬間と言う感覚にフォーカスして現在の問題解決に注力すると大切なのは、自分自身の感覚よりも問題が解決できたどうかということになりますのである意味、自分がなくなっていくと言う感覚につながっていくのかなと思います。そしてまた自分の基準を持つということについては、もちろん感覚が大事になるわけですけれども、その感覚は感情や判断よかったか悪かったと言う。体感を時系列で持っていて、それとも比較によって良かった。悪かったと自分の中で位置づけることができることが自分があると言う状態を作り出すと言うことになるのではないかと思います自分を見失わないために自分と言うものを展開しておいて、そこに今起こっている情報を一定のフィルターを通して取り込んで、自分がどう感じたかをもとにしてどう行動するかを決めると自分と言うものをより感じることができて良いのではないかなと思います
円高ぁ
ドル円ガチホ勢なんですが。
裏目裏目ぇ。
ロングポジって寝る
(追記)記録的円高
やばたにえん。
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